学習って過程を大事にするのではないでしょうか

大学で過ごしていて、プログラミングという授業がある。大学のプログラミングで、ソースコードを欲しい人がいるけどそれって自分のためになっているのかということを問いたいと思う。

あくまでも創る人になるのではないか

私が通っている大学は少なくともプログラムを創る人が通っていると思う。大体私はプログラミングの課題を先にして質問にはある程度答えれるようにはしている。質問に対してアドバイスをすることはあるし、ココをこうした方がいいとか不器用ながらも説明をすることもある。

よく、答えを求めようとしている人や答えを欲しがる人を見かける。また、答えをSkypeなりLINEといったツールを用いて送受信している人がいる。しかし、それって自分のためになってるのですか。

プログラミングで飯を食っていこうと思うのであれば、やはり書くことは大事だろうと思う。プログラミングを実際に手を動かして入力し、失敗する。このプロセスって大事だと思うのは私だけでしょうか。

プログラミングを理解するときに将来使わないにしても、考え方の基礎を組み立てるのには最適なのではないかなと思います。

私もhtmlなどウェブ制作など趣味ではありますが、できるようになったのは本やネットの情報もあります。それ以上に手を動かして自分でやってみてここまでなったところのほうが大きいような気がします。

ショートカットしても、最後には自分がしないといけないことだと思うので日々精進したいと思っておりますし、してもらいたいなと思います。

Author

Masaki Osugi

(フロントエンド&&インフラ&&ネットワーク&&Web)エンジニア兼デザイナもどき。気がついたら守備範囲広がり、何屋かよくわからない存在。