本を読むということの話

先週の一週間お盆だったと思うのですが、そのお盆の中で私はコーティング以外にも「だら〜」という感じでインターネットのウェブサイトを見ていたり、はたまた書類の準備などをしていました。そんな中で、「これはマズイ」と思い「なにかよい解決方法はないかな」ということで本を読んでみることにしました。

本と言っても、電子書籍ではダメ

私はこの数日間で「文庫本」や「紙の本」を読んでいました。数日と言っても17日ぐらいから20日までの4日間ぐらいです。それまではパソコンで疲れたらベッドでボケーとしてて気がついたら夕方だった(=昼寝)ということになりかねません。というか、スマートフォンは常にパソコンの隣に安置なので本当にベッドの上では寝てるだけです。

話を元に戻しますが、電子書籍を読んでたら読むための機械は大体タブレットだと思います。(Kindleとか特化したものもありますが)電子書籍を読むのが悪いことだとは一概には否定しません。だって、すぐ読みたいときに家から一歩も出ずに頼むことができるから。でも、そんな時って案外ないんですよね。自分でペースの調節さえできていれば。家から本屋さんが遠くて購入するのに時間がかかる、それだったらAmazon等のオンラインストアであったり、フタバ図書等多くの書店でもネットで購入できる時代になっている。

紙の本は確かに面積の割に重いし、全然使わなければただの重たい固まりになってしまうだけかもしれない。

現に、8月3日に東京に行った時に「色彩を持たない田崎つくると、彼の巡礼の年」を開いたのは新幹線内で少しつかれた時に少し開いたくらいだ。そもそも旅行とかで少し読むためだけに持っていくのは失敗だったと思う。

旅行とかで本を持っていくのであれば普通のサイズのものよりも文庫本のほうが良いと思う。旅行とかって案外荷物増えるし、文庫本のほうが小さいし。何しろ安い。前編が終わって後編が読みたくなれば国内であれば最悪現地調達という手段がある。

しかし、本を読むことだけではなく、”紙をめくる”という行為に意味がある。紙をめくり、活字印刷されている文字を読む。パソコンなどは指を一点に乗せ、スクロールすればある程度の情報を得ることが出来る。しかし、本はそんなことはできない。手を左右に動かし、ページを捲らなければならない。ずっと読みたいのであれば結末まで読んでしまえばいい。タブレットなどではあるかもしれない充電切れなんてこともない。

本屋に行く事で新たな出会いがある

私はある程度話題とか作者とかタイトルとかを重視して読んだりすることが多いです。『1Q84』を読んでから村上春樹さんの作品に関しては書き下ろし作品で新しいものが書店に並んでいれば読んでいることが多い。また、今文庫本で読んでいる「県庁おもてなし課」なんかはタイトルを重視して読んでいたりする。大体、夏のシーズンは本屋さんに行けば文庫本特設コーナーみたいなものができていたりする。そこで気になった本を新しく購入し、読む。書店には沢山の本が有り、またたくさんの本のタイトルがある。

なぜ夏に文庫本特設コーナーを書店は打つか?単純である。それは学生が夏休みで「読書感想文」などを書くための材料にするためということもあるが、お盆など夏は休みがあったり、暑くて家などでゴロってしていることが多かったりする。また、特別に入れるものが無いということも事実だろう。

前年の11月〜4月…もしかしたら5月ぐらいまでは本屋さんでは「カレンダー」「手帳」といった新年・新年度を機に買い換える層に合わせて特設コーナーを作っている、というか、ある程度の面積を占めている。文具屋さんでもないのに。6月〜9月…10月ぐらいまでというのは何を入れているかというと店によって変わってくるが、タニタの料理本を入れてみたりといろいろとその時の流行を見て入れていたりする。それで、夏は大体決まって出版社が主催のキャンペーンを文庫本を対象に入れていることが多い。

雑誌とかを読んでいるというのもいいのかもしれないし、漫画を読むというのもいいかもしれない。でも、少しパソコンのディスプレイから目を話してオフィスチェアなどを少し移動して、本を読むというのもいいのではないかと思う。できれば、小説や論説といった少し長めのものを。

Author

Masaki Osugi

(フロントエンド&&インフラ&&ネットワーク&&Web)エンジニア兼デザイナもどき。気がついたら守備範囲広がり、何屋かよくわからない存在。